新潮社:縫わんばならん/古川真人
《誰かに、言わんばならんことのあった気のするばってん、それは、いったいなんやろうか?誰?……ああ、そう、そうたい、美穂に言うとやった。なんやったろか、吉川ん家のこつば、言うはずやったとばってん……ああ、そう、家の屋根んことじゃった。ばってん、美穂は起きとるとやろうか?電話ばかけてみようか……》と目をつぶり、身を蒲団に横たえた敬子は考えていた。
▼ 3 ほどかれてしまった、綴じ合わせんばならん ▼
「空白を、そのとおりには眺めないということ」と、声は言うのだった。「たとえ、それが自分には見えないとしても……むしろ、そのすべてが見えずに、隠れている部分をも含めて、彼らが笑ったり泣いたりしながら思いだす彼女の全体がそこにはあるのだということ、このことを、彼らは知っている。そのためにこうして集まったのだ。それぞれが記憶の断片を担って、持ち寄り、充たすために話しつづけているのだ」