書肆侃侃房:あひる/今村夏子

あひる (197x290)

▼ あひる ▼

資格があれば仕事が決まる。わたしはまだ仕事をしたことがない。

「この中にのりたまがいるの?」と言って、女の子は石の置いてある場所を指差した。「そうよ。この中で眠ってるのよ」「三びきとも?」と女の子が聞いた。母は返事に詰まった。 * 「お祈りしなくちゃね」と母は言い、女の子から視線を外すと、目を閉じてお経を唱え始めた。 * あひる小屋はからっぽになった。四番目ののりたまは来なかった。

弟は、自分の知らない間に我が家が不良の溜まり場になっていたことを嘆いた。不良の溜まり場、とは元不良の弟の口から出た表現だ。 * おれの部屋の漫画が全部なくなってる、あいつら盗んで売りやがったんだ、ほかにも盗まれたものがあるはずだ、と言った。自分も同じようなことをしたことがあるから察しがつくのだ。

▼ おばあちゃんの家 ▼

おばあちゃん変わっちゃったね、とお母さんはいう。きっとさみしかったのね、と。今まで一度もしたことのない、おばあちゃんの誕生日会をしようといいだしたのは、お母さんだ。「インキョ見てきて」とか、 「これはインキョのぶんだから」とか、「インキョのご飯」とか、それがおばあちゃんの住居を指すのか、おばあちゃん本人を指すのか、お母さんのいい方はいつもあいまいだったけど、最近ではインキョという単語を口にしなくなっている。

▼ 森の兄妹 ▼

モリコが台所のテーブルを指差した。テーブルの上には、マンガ本が山積みになっていた。 * おばあさんの家にいったのは、その日が最後になった。

2017年2月【Twitterで見掛けた素敵な言葉。】まとめ


「怒りというのは感情なので、時間がたてば冷めていく。いっぽう、恨みは冷めない。むしろ利子がついていく。恨みはフローじゃなくストックなのだ。判別し対処せよ」というのがかつての上司の教え「怒る客は怒り疲れるのを待て」です。彼の言うとおり残業代未払いによりおれの恨みは蓄積していった

学生「相手を知るにはどうすればいいのか」
教授「20万の使い道だ」
学生「え?」
教授「20万あれば自転車、バイク、PC、楽器、特注スーツ、カメラ等だいたいの趣味用品のひとつが買える。相手の趣味とその深さを知るには最適の質問だ」
僕「ケバブ屋の回転肉にかじりつく」

書くものが決まると、僕はいつもその業界の人だったりブログを書いている人だったりをフォローしてる。空気を肌身で感じたいからなんだけど、だから僕がフォローしている人を見れば、次になにを書くかたぶん分かっちゃう。

感情は大切だけど、それを表にだしたら醜くなるんだよね。

俺はなんで生きているんだ

昔、当時の同僚と仕事である所へ出かけたら先方が世間話で「そちらの職場に可愛い女性います?」と。当方は「いませんよ」と一笑に付したのだが同僚は「いますよ」と。その同僚は非常にモテる人で、当方はその時「モテる人とは多くの人に愛される人ではなく、多くの人を愛せる人なのだ」と感じたのだ。

メリケンどもは面白い試合はちゃんと評価するからえらいよね。白人の面白い試合は最大限評価するけど

【引用元】

https://twitter.com/MAMAAAAU/status/796888511185965056
https://twitter.com/kamisoriboy/status/789971250634305536
https://twitter.com/inumaru_tsurumi/status/714101620728946689
https://twitter.com/taiki_nishimura/status/691267612714471424
https://twitter.com/novyiykudryavka/status/684358373345591296
https://twitter.com/grossherzigkeit/status/683921656100732928
https://twitter.com/kyo03865410/status/681461447159754753

2017年2月【拾った豆】まとめ


その昔、恋人を亡くした男性が悲しみの余り女性の遺体を抱いて踊ったのが、タンゴの起源だそうです。だからタンゴでは女性は床を脚で撫でるように歩き、男性の脚に絡み、身を完全に任せて上体を反らせたり、脚をはねあげさせたりするということが分かるかと思います。

日本酒サングリアのつくりかたはワインと同じ。好きな果物と日本酒をタッパに詰めるだけ。翌日には完成。桃、梨、メロン、苺、オレンジあたりは鉄板。特に苺は単品でドサッと入れるだけで最強の仕上がりになります。今の時期は梨かな。甘いのが好きならスティックシュガーを2~3本、ロックでどうぞ。 * ワインのサングリアだったらバナナ、オレンジ、キウイあたりが通年安くてうまい。夏はパイナップル。今の時期ならぶどうや梨。赤ワインの方が無難かな。スティックシュガーを3~5本と多めにいれて、炭酸で割って飲むとアルコール度低めで楽しめます。すっきりしたのがすきならノンシュガー。

博物館で管理されてる方から聞けたお話の中で「うちは質屋もやっていたけど、流れてきた粟田口の業物があるのを知らず、近くで作業してたら気分が悪くなった上にラップ音がした。お寺で憑きもの落としをしてもらおうとしたら「神様レベルが憑いてて私一人じゃ無理」と言われた」話がすごく残ってる * 刀鍛冶をされる方は、人を殺す道具を作る上で法位も持たなきゃならないそうで、(それも最高レベルの位)お寺の住職と一緒にお経を読み上げて鎮めたそうですが、刀に憑くのはもはや当たり前だそうで。刀を所持して管理されてる側からのお話はやっぱりもっと聞いてみたいな…

AV女優としてのエロ部分が演技じゃなくマジだと視聴者に信じ込ませるため、どうでもいいストーリー部分等はAV女優はあえて大根演技をするとか聞いたことがある

そういえば、ぐだおで「マリー・アントワネットは食った栄養が全部胸に行く」ってネタで「いやいや、冗談だろ」ってお思いかもしれないが、マリーさんのドレス作ってた人が「身長154cmでウェスト58~59cm、バスト109cm」と記述してるので、マジで栄養が全部おっぱいに行ってる

食べログではコストパフォーマンスのことを、C/Pというのか…

【引用元】

https://twitter.com/adult_moeru_bot/status/288656219621691393
https://twitter.com/bu_budog/status/640873302861328384 * https://twitter.com/bu_budog/status/640874223972433920
https://twitter.com/mmc_touken/status/645848418804326405 * https://twitter.com/mmc_touken/status/645850392278863872
https://twitter.com/ika_2017/status/646936133952139264
https://twitter.com/scarletshow/status/654247402925219840
https://twitter.com/maruorz/status/654892880675274754

新潮文庫:一千一秒物語/稲垣足穂

一千一秒物語 (201x290)

▼ 一千一秒物語 ▼

ある昨晩黒い大きな家の影に キレイな光ったものが落ちていた むこうの街かどで青いガスの眼が一つ光っているだけだったので それをひろって ポケットに入れるなり走って帰った 電燈のそばへ行ってよく見ると それは空からおちて死んだ星であった なんだ つまらない! 窓からすててしまった

[946]ハヤカワ・ミステリ文庫:あなたに似た人/ロアルド・ダール

あなたに似た人

▼ 味 ▼

リチャード・プラットは、有名な美食家で、<食道楽の会>という名で通っているちいさな集まりを主宰し、毎月、料理とワイン・リストを、会員のためにだけ配っていた。 * 彼は、味覚がそこなわれるのをなによりも恐れて、タバコはやらなかったし、話が葡萄酒のこととなると、まるで人間のことでも喋っているような奇妙な、いや、私に言わせれば滑稽な癖があった。

▼ 南から来た男 ▼

女は青年を見上げると、微笑をうかべた。それはどこか、にぶい感じのする、悲しそうな微笑だった。 * いまでも私には、彼女の手がはっきりと見える――その手には、親指と、ほかに一本の指しかついていなかった。

[461]日本図書刊行会:アリスのような町/ネヴィル・シュート

アリスのような町 (201x290)

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▼ P.185 ~ P.186 ▼



[925]早川書房:優雅なハリネズミ/ミュリエル・バルベリ

優雅なハリネズミ (202x290)

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▼ P.185 ~ P.186 ▼



[924]新潮クレスト・ブックス:海に帰る日/ジョン・パンヴィル

海に帰る日 (196x290)

▼ Ⅱ ▼

あのころは、キスがとても重要だった。キスがありとあらゆるものを動きださせた。キスは照明弾であり、爆竹や、噴水や、噴き上げる間欠泉であり、ときには大当たりのくじだった。

写っている人たちについて、わたしがいちばん驚いたのは、自分の傷や縫い痕や膿んだ箇所を見せながら、だれもが穏やかな笑みを浮かべていることだった。 * 「これはわたしの報告書よ」と彼女は言った。「告発状なの」 * 「何の?」彼女はそっと肩をすくめた。「まあ、すべてのね」と彼女はそっと言った。「すべての」

<汝自身になれ!>ということは、もちろん、<自分の好きな人間になれ>という意味だ。

光文社:夢みる葦笛/上田早夕里

夢みる葦笛 (198x290)

▼ 夢みる葦笛 ▼

私は、はみだし者だ。変わり種だ。夢みる葦笛になれない、はぐれ者だ。 * 人は、イソアと私の、どちらを怪物と呼ぶだろうか。

▼ 眼神 ▼

勲ちゃんと共に生きるはずだったこの世界で、私はこれからも彼らを滅し続けるつもりです。自分の背中に刻まれた罪の傷跡と、勲ちゃんの優しさを忘れないために。

[946]新潮クレスト・ブックス:終わりの感覚/ジュリアン・バーンズ

終わりの感覚 (195x290)

▼ 1 ▼

人間は時間のなかに生きる。時間によって拘束され、形成される。 * 秒針ほどあてになるものはないのに、一方で伸び縮みする。ほんのちょっとした喜びや痛みがそれを教えてくれる。ある感情は時間の進行を速め、ほかは遅らせる。ときには時間が消失したかに思えることもあり、そして最後にはほんとうに消失して、もうもどらない。

本物の文学は、登場人物の行動や思考を通じて心理的・感情的・社会的事実を描き出す。小説とは、時間とともに形成されていく人格の描写だ――少なくとも、フィル・ディクソン先生はそう言っていた。

「風呂で手首を切った」「ええ?そういうやつか。ギリシャ式?いや、あっちは毒ニンジンだっけ」「むしろ典型的なローマ方式だな。静脈を開く。やり方もちゃんと心得てた。斜めに切らないとだめなんだ。真横に切ったんじゃ、意識を失って、傷が閉じて、失敗する

▼ 2 ▼

老いがどんな痛みや惨めさをもたらすものか、若いころはわかった気でいる。孤独、離別、死別――想像できる。 * 残る仲間をいくら呼び集めようが、死には独りで立ち向かうしかない。そこまでは若くても想像できる。だが、結局、それは先を見ているにすぎない。先を見て、その地点から過去を振り返ること――それが若者にはできない。時間が新しい感情をもたらすことも知りえない。たとえば人生の証人がしだいに減っていき、記憶の補強がおぼつかなくなり、自分が何者であり、何者であったかがしだいに不確かになっていく。それがどんな感じのものか、若者にはわからない。 * エイドリアンの引用どおり、「歴史とは、不完全な記憶が文書の不備と出会うところに生まれる確信」だから。

この世には二種類の女がいる、とマーガレットはよく言っていた。輪郭がシャープな女とファジーな女。男が女を見るとき真っ先に気づくのがそれで、それによってその女に惹かれるかどうかが決まる。

これが、若さと老いの違いの一つかもしれない。若いときは自分の将来をさまざまに思い描く。年をとると、他人の過去をあれこれと書き替えてみる。

人生の終わりに近づくと――いや、人生そのものでなく、その人生で何かを変える可能性がほぼなくなるころに近づくと――人にはしばし立ち尽くす時間が与えられる。ほかに何か間違えたことはないか……。そう自らに問いかけるには十分な時間だ。

徳間書店:刑罰0号/西條奈加

刑罰0号

▼ 擬似脳0号 ▼

大胆な発想と、正確なアプローチ、決して諦めない執念。さらにスポンサー獲得と、資金集め。優秀な科学者に必要とされる才能を、江波はるかは余すことなくもっていた。

▼ ギニーピッグ ▼

実験台に使うモルモットを、英語ではギニーピッグ、直訳するとギニアの豚と称する。

ネット上に、あらゆる情報が氾濫しても、どうしても手に入れられない知識がある。それは経験だと、江波は断言した。経験とは、時間の経過による体験の積み重ねだ。仕事の手順、経済観念、会話の呼吸、他者との距離感、毎年のように更新される電子機器とのつき合い方から、社会という枠の中に自分の居場所を確立する方法まで。生きるために必要な知識は、情報ではなく経験から得られる。

▼ グラウンド・ゼロ ▼

作戦名は、『グラウンド・ゼロ』。標的は、西本の故国である米国である。ただ、肝心なことがわからない。「世界一、平和な核を落とす」と、彼らは述べた。それが何を意味するのか、皆目摑めなかった。

新潮社:雪女/森万紀子

雪女 (199x290)

▼ 第五章 ▼

――この女の子さ。狭い空間の中で、誰かの手が伸びて来て累子の頬を撫でた。――貴女、この時間の主人公は。――知っているだろう、雪女の物語。この付近で語り継がれている、この雪の地方の物語さ……。男達の生暖かい息が、頬や首にかかってくる。幾本もの手が累子の胸や腰を撫でる。 * 車窓が割れると思われる程、吹雪は強く硝子を打つ。雪女を物語るように聞こえた声は、この風のうなりの遥か奥から洩れてくるのだろうか。――厭か?三人の男達は一斉に累子の膝をゆすった。――この時間の物語の主人公になるのは厭か?累子はかぶりを振った。男達に囲われ、無言で通過していく一刻一刻が、やがてその時間の中に雪女という自分をきざむに違いない。――ほら。男達に体を動かされながら累子は黙ってなれるままになっていた。

NHK出版:一年でクラシック通になる/山本一太

一年でクラシック通になる (187x290)

▼ 第Ⅰ部 ヨーロッパ音楽の歴史 ▼



「規範」の意味の「古典的」という言葉に最もふさわしい音楽を書いたのが、フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(一七三二~一八〇九)です。

それを「交響曲」というものに仕立てたのがハイドンで、その成熟した作品は、ほとんどどれも、ソナタ形式による第一楽章(ソナタ形式の本体に入る前に序奏が置かれることが普通)、歌にあふれる第二楽章(多くは変奏曲)、三拍子のメヌエットによる第三楽章(ロンド形式や変奏曲など多様)という構成、そして、 * これらはベートーヴェン以降の標準となったものであり、それを確立したのがハイドンなんです。

第二次世界大戦以前には、印象主義(ドビュッシー)、原始主義(ストラヴィンスキー、バルトーク)、神秘主義(スクリャービン)、表現主義および十二音主義(シェーンベルク、ヴェールン、ベルク)、新古典主義(ストラヴィンスキー、オネゲル、プーランク)、打楽器主義(ヴァレーズ)、新即物主義(ヒンデミット、ヴァイル)、そしてこれは作曲家自身の「主義」ではないけれど、社会主義リアリズム(ショスターコヴィチ)などです。戦後はセリー主義(メシアン、ブーレーズ)、電子音楽(シュトックハウゼン)、偶然の音楽性(ケージ)というところが重要でしょう。

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講談社:ジニのパズル/崔実

ジニのパズル (200x290)

▼ ステファニー ▼

「空色は心模様」私はそう日本語で呟いた。「なに?」「同じ景色を見ることがないのは良いことだね。同じ気持ちではないということだから」「あら、良いこと言うわね」ステファニーは感心するように言った。

「でも色々あって。本当に、色々あってね。朝鮮学校の教室に飾ってある金日成と金正日の肖像画を取り外して、叩き落して割った後に、ベランダから投げたんだ」ステファニーは驚いて息をのんだ。「誰にも話したことないよ。話しちゃいけないって、そう言われているから。でも、そう言われてなかったとしても、話せるはずがないんだ」「どうして?」「私がしたことは、本当に間違っていたんだ」「ジニ、私には何も分からないわ。だけど、もし、それが事実だとしたら、あなたはいつか絶対に話さなければならないわ。たとえそれが私でなくても、誰かに、絶対によ」ステファニーは、そう言い切った。

▼ ニナ ▼

この日本で在日韓国人として生まれ、日本の学校に入学した日から、私たちは必然的にある一つの選択を迫られるようになった。それは、とてもシンプルで、しかし、やり遂げるには非常に困難な選択だ。――誰よりも先に大人になるか、それとも、他の子供のように暴れまわるか。日本の小学校にいた時は、私は「先に大人になる」を選んだ。そうするほか無かった。暴れまわれば、いつだって暴れた方が悪くなるもんなんだ。

幻冬舎:モンスター/百田尚樹

モンスター (197x290)

▼ 十一、女神 ▼

「世の中の男には、女に貢ぐタイプと、そうでないタイプがあると思わない?」私の言葉に、同僚の女の子の一人が答えた。「あるある。それで、貢ぐタイプの男って、たいていダサイわね。カッコいい男は女に貢がない」皆がうなずいた。私もそうだと思った。貢ぐ男は女に自信がないタイプだ。逆に貢がない男は女に不自由していない男だ。しかし「女に不自由しない」男の方が一緒にいてずっと楽しかった。同僚の女の子たちと一緒に棲んでいるようなヒモも、きっと多くがそんなタイプなのだろう。「でもね、若い頃はもててた男も年取ってもてなくなると、ミツグ君になっちゃうのよね」

▼ 十二、結婚生活 ▼

「女の幸せはやっぱり結婚だと思うよ」と私は言った。「愛なんて、どうせいつかは冷める。人生は長いよ。ちゃんとした仕事につけない男と、何十年も暮らしていくのは大変だと思う」アケミは私の言葉を真剣な顔で聞いた。「じゃあ、姉さんは別れろって言うのね」「長い目で見れば、その方がいいと思う」アケミは視線を下にしてしばらく黙っていた。

▼ 十四、和子の亡霊 ▼

帰りの車の中で、英介は満足そうだった。私の口に放出したことと、この次は私を抱けるという確信が彼を上機嫌にしていた。でも次は抱けるという思いが、実は一番危険だということを英介は知らないのだ。キャバクラやホステスをしていた女の子たちが口を揃えて言っていた。「次こそやれると思わせられれば、男は何でも言うことを聞く」と。「あまり早く思わせてもいけないし、遅すぎてもいけない。そのあたりがテクニックよ」と。

[500]水声社:燃える平原/フアン・ルルフォ

燃える平原 (196x290)

▼ おれたちは貧しいんだ ▼

「男どもがターチャを見たら、どきっとして生唾をのみこむだろうよ。おれは心配でたまらんよ」 * おれは妹をなぐさめようと、肩を抱きしめてやるが無駄なことだ。ターチャはもっとはげしい声で泣きじゃくるばかりだ。口から洩れる泣き声は、岸を削る濁流の音に似ている。ターチャはしゃくりあげながら、わなわなと身を震わせる。その間にも、大きく盛りあがった川はどんどん水かさを増しつづける。そして、あっちから吹いてくる腐ったようなにおいは、ターチャの濡れた顔にもふりかかる。するとターチャの二つの小さな乳房は、しきりに上下に揺れはじめる。まるでいきなりふくらみだして、いよいよ堕落の底へと、ターチャをひきずりこもうとでもするかのように。

▼ 燃える平原 ▼

まあ若い娘をさらったりする悪い癖のせいだ。今はそのうちのひとりと暮らしている。あれがこの世でいちばん心やさしい思いやりのある女かもしれん。おれが刑務所を出たとき、表で待ってる者がいた。それがあいつだった。 * 「おまえさんには子供がいるんだ」口を開くとそう言った。「あの子だよ」 * 「この子も一物(ピチヨン)って呼ばれてる」今ではおれの女房になっているその女がもう一度口を開くとそう言った。「だけどこの子は山賊でもなけりゃ、人殺しでもねえ。ちゃんとした堅気の人間だ」おれは黙って頭をたれた。

▼ アナクレト・モローネス ▼

夜の明けるころ、パンチャはおれに言った。「あんたってへたくそね、がっかりだわ、ルカス・ルカテロ。ちっともムードがないんだから。身も心もとろけさせてくれたのはだれだか知ってる?」「いや」「アナクレト様よ。あのひとはほんとに上手だったわ。女を喜ばせるこつを知ってたよ」

福武書店:僕はかぐや姫/松村栄子

僕はかぐや姫

▼ 僕はかぐや姫 ▼

十七歳になったらすべてがしっくり馴染むだろうというのはひとつの予感だった。 * 足りないものばかり多すぎていったい何が足りないのかさっぱりわからなかった。生きるということが新陳代謝と排泄行為に代表される汚いものに思えて、絶えず死を夢みていた。鋭いエゴイズムこそが魂の純潔の証だと信じて疑わなかった。なのにそうした信念が、たった一筋の陽光の前にへなへなとくずれおれてしまうことにふがいなさを感じて絶望したり、幾度か卑劣な転向を考えてみたりした。要するに生と死の狭間を観念の上でだけ行ったり来たりしていた。そうする間にも硝子の向こう側の決して触れることのできない場所で、綺麗な砂はたださらさらと落ちていった。

マガジンハウス:雨にもまけず粗茶一服/松村栄子

サメよ! (199x290)

▼ 一、若様御出奔の段 ▼

「いや、俺はいいよ。遠慮しとく。第一、萩田、京都に行ったことないの?真夏にわざわざでかけていくとこじゃないよ。<脂照り>って言うらしい。むちゃくちゃ暑いんだ」

▼ 二、与話情京畳の段 ▼

「イ泥ヤ。イ草っちゅうもんは、最初にどぼんと泥につけてあんねん。そやないとすぐに色が褪めてしまうさかいな。乾くそんなん白い粉になる。新しい畳は泥だらけっちゅうことや。そやなぁ、一度カラ拭きしとったろか。もしかしたら可愛らしいお嬢さんが住まはんのかも知れへんしな」

▼ 三、茶人変化の段 ▼

「それはそれでよいのです。托鉢は<三輪空寂>と申しまして、お布施をするひと、お布施を受けるひと、お布施をされるもの、いずれにも執着しないことが前提です。たくさん集めることが目的ではないのですよ」だが遊馬には金額が問題なのだ。「工夫すればいいのに。それに、あの杖みたいなのはないんですか。振るとジャラジャラ音がするやつ。前に四条大橋に立ってたひとはそういうの持ってました」「錫杖は密教系の法具です。一種の武具ですから。禅宗では使いません」

文藝春秋:コンビニ人間/村田沙耶香

コンビニ人間 (199x290)

▼ P.63 ▼

コンビニで働いていると、そこで働いているということを見下されることが、よくある。興味深いので私は見下している人の顔をみるのが、わりと好きだった。あ、人間だという感じがするのだ。自分が働いているのに、その職業を差別している人も、ちらほらいる。私はつい、白羽さんの顔を見てしまった。何かを見下している人は、特に目の形が面白くなる。そこに、反論に対する怯えや警戒、もしくは、反発してくるなら受けてやってやるぞという好戦的な光が宿っている場合もあれば、無意識に見下しているときは、優越感の混ざった恍惚とした快楽でできた液体に目玉が浸り、膜が張っている場合もある。

▼ P.66 ▼

「あの……修復されますよ?」 * コンビニは強制的に正常化される場所だから、あなたなんて、すぐに修復されてしまいますよ。

▼ P.77 ▼

あ、私、異物になっている。ぼんやりと私は思った。店を辞めさせられた白羽さんの姿が浮かぶ。次は私の番なのだろうか。正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。そうか、だから治らなくてはならないんだ。治らないと、正常な人達に削除されるんだ。家族がどうしてあんなに私を治そうとしてくれているのか、やっとわかったような気がした。

▼ P.116 ~ P.117 ▼

白羽根さんのことはあっという間に店の中に広がり、店長からはしつこく、会うたびに「白羽くん元気!?飲み会いつにする!?」と言われるようになった。8人目の店長は、仕事熱心なところが尊敬できて、最高の同志だと思っていたのに、会えば白羽さんの話ばかりでうんざりしていた。 * 店長の中で、私がコンビニ店員である以前に、人間のメスになってしまったという感覚だった。

講談社:異類婚姻譚/本谷有希子

異類婚姻譚 (197x290)

▼ 異類婚姻譚 ▼

夫婦というのは不思議なものである。これほど近くにいながら、毎日寝起きを共にしながら、私は彼が一輪の山芍薬になりたがっていたことなど、露も知らなかった。

プロフィール

雪男

Author:雪男
Unidentified Mysterious Animal協会東京支部に所属するルポライター。記憶の一部を喪失し、「Eコース」の診療を受けつけてくれる精神クリニックを探している。

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